農林水産省「みどりの食料システム戦略」中間とりまとめに対する学会提言

2021年03月19日

農林水産省が策定中の「みどりの食料システム戦略」中間とりまとめに対する学会提言を3月19日に提出しました。
理事・各種委員の方々のご意見をできる限り取り入れました。ぜひご一読下さい。
共有や拡散を歓迎します。学会としては、引き続き「みどりの食料システム戦略」に関する情報収集と検討を行っていきますので、学会員の皆さまからの情報やご意見をお寄せ下さい。

 

「みどりの食料システム戦略」に言及されている有機農業拡大の数値目標実現に対する提言書

令和3年3月19日提出
日本有機農業学会

1 趣旨
①  農林水産省が策定中の「みどりの食料システム戦略」には、「2050年までに有機農業を現在の40倍の100万ヘクタールに拡大する」等の数値目標が掲げられている。国が欧米並みの高い数値目標を掲げて有機農業の推進に取り組むことは喜ばしいことである。しかし、目標を実現するための政策手法にはさまざまな問題があり、大幅な見直しが必要だと思われる。「有機農業の健全な育成・普及・発展」を設立趣旨に掲げる日本有機農業学会は、これまでの研究成果や議論を踏まえて、目標実現のための政策手法に関して提言を行う。
②  提言は次の7項目である。
(1)「有機農業」という言葉の再定義の必要性
(2)技術革新(イノベーション)の方向性について
(3)担い手の育成と農地の確保について
(4)畜産のあり方について
(5)農山漁村の地域振興との関係について
(6)消費拡大の方向性について
(7)国民の農業理解の必要性について
③  みどりの戦略は多くの有機農業関係者にとっては寝耳に水であり、当学会には有機農家や地方自治体から歓迎するという意見と同時に困惑しているという声も寄せられている。農林水産省はこの戦略の影響の大きさに鑑み、拙速な議論を避け、パブリックコメントを実施するとともに、有機農業関係団体、都道府県や市町村等への丁寧な説明と協議を行うことを切に要望する。

 

2 本提言書の提出に至った経緯
①      日本有機農業学会(以下「当学会」という。)は、1999年12月12日に、本提言書末尾添付の「日本有機農業学会設立趣意書」に示された趣旨に基づき、国内外の有機農業に関連する事象の理論的・実証的・実践的研究を行い、交流し、有機農業の健全な育成・普及・発展の道筋を議論し、発表し、提案し、これらをもって広く社会に貢献することを目的に、研究者、実践者によって設立された団体である。
②      令和3年3月現在、農林水産省では「みどりの食料システム戦略」(以下、「みどりの戦略」)を策定中だが、そこには「2050年までに、有機農業を現在の40倍の100万ヘクタールに拡大、農薬の使用量を50%削減、化学肥料の使用量を30%削減する」など重要な数値目標が盛り込まれている。そこで当学会は、3月4日にみどりの戦略に関する内部検討会を開催して意見交換を行った。
③      その結果、数値目標を実現する政策手法にはさまざまな問題があることが明らかになった。そこで、当学会は、農林水産省に対し、みどりの戦略の政策課題とそれを改善する具体案を提言するために、本提言書を提出するに至った。

 

3 提言
(1)「有機農業」という言葉の再定義の必要性
まず、「有機農業」という言葉を再定義する必要性について述べる。一般に有機農業とは化学肥料、化学農薬、遺伝子組み換え技術を使わない農業のことだと思われている(有機農業推進法にもそのように定義されている)。しかし、近年の国内および海外の有機農業研究はめざましい進展を遂げており、有機農業は次のような特徴を持つ農業生産システムだと理解されるようになっている。

・農地の生態系機能を向上させることで、生産性の向上と自然生態系の保全を両立させる農業(小松崎、2019)
・有機農業の生産力は、外部からの投入に依存するのではなく、圃場内外の生態系形成と作物の生命力、そして両者が結びついた循環的活力形成に依拠しようとしてきた(中島、2010)

ここに見られる有機農業とは、ただ化学肥料を有機肥料に置き換えただけの農業(代替型有機農業)ではなく、

①農薬・化学肥料の削減

②農地生態系(植物、動物、微生物)の多様性の向上

③生態系内の効率的な物質循環の実現により作物生産を持続的に維持

④おいしく栄養豊富な農作物の安定生産と農地生態系の保全

というプロセスで農業生産と環境保全が両立するというメカニズムが明らかになっている。放牧や自給飼料を取り入れた畜産や酪農でも基本的に同じメカニズムが働いている。すなわち、放牧は家畜を畜舎の係留から解放することでストレスを減らして健康にするとともに、家畜と草地の物質循環による地力維持と環境保全によって持続的な畜産を実現するものである。
このメカニズムがあるから、有機農業には慣行農業に比べて低投入、省資源、省エネルギーという利点がある。また、有機農業が農業の多面的機能をよりよく発揮できるという利点もここから生まれてくる。
このような認識は海外でも広がっている。日本で慣行栽培と言われてきた農業は「慣行的集約化」(conventional intensification)を基本とし、資材とエネルギーの多投入による資源枯渇や環境汚染の弊害が指摘されている。それに代わる技術として生態的集約化(ecological intensification)や生態的多様化(ecological diversification)などのアプローチが提唱されている(Kremen、2020)。
こうした認識の深化に基づき、日本では有機農業という言葉に代わって「自然共生型農業」(中島、2010)、「持続可能な本来農業」(桝潟、2019)、「自然と共にある農業」(中島、2021)などの新しい言葉が提案されている。海外では、「アグロエコロジー」(Rosset and Altieri、2017; FAO、2021)や「再生(型)農業」(regenerative agriculture; Perkins, 2019)などの言葉が国際的な影響力を強めている。
みどりの戦略を実現するための第一歩として、国民に有機農業について正確な認識を持ってもらうことが必要だと考える。しかし、有機農業という言葉は国民に広く浸透しているので、新しい言葉に代えるのは望ましくない。そうではなく、有機農業という言葉が上記のような意味を持っていることを国民に広く周知するように要望する。また、法律や行政文書などに見える有機農業という言葉を再定義することを提言する。

 

(2)技術革新(イノベーション)の方向性について
上述したように、最新の研究に基づいた有機農業の定義は「農地の生態系機能を向上させることで、生産性の向上と自然生態系の保全を両立させる農業」である。ここで重要なのは、有機農業が「生産性の向上と自然生態系の保全を両立させる農業生産システム」であり、その方法が「農地の生態系機能を向上させること」だという点にある。
「農地の生態系機能を向上させる」とはどういうことか。専門家の意見をいくつか紹介したい。

具体例1 土づくり
・土壌を保全するためには、土壌が生態系として持続するような利用を考える必要がある。不耕起・省耕起、有機物による土壌の被覆(マルチ)、輪作の3つを同時に実行する点が重要である(金子、2019)。

具体例2 品種改良・育種
・有機農業の品種育成で重視すべきは、養分利用効率、病害防止のための根圏能力、雑草との競争力、機械除草に対する耐性、病害虫に対する耐性などの形質である(岩石、2019)。

具体例3 除草・抑草・植生利用
・作物とともに耕地生態系の構成員である雑草の存在を認め、注意深い観察に基づくきめ細やかな管理によって、作物と雑草が生育する時期や繁茂する空間をうまくずらしながら、雑草群落を管理することが求められる(嶺田、2019)。
・(有機農業にふさわしいのは)、作物と雑草を対立的に捉えた防除ではなく、農地生態系の安定に必要な水田植生として総合的・調和的に管理する技術である(岩石、2019)。

具体例4 病害虫防除
・一定の収量や品質を確保しつつ化学肥料や化学農薬に依存しない持続的な農業を行うためには、作物の遺伝的能力や有用(微)生物の機能を活用し、できるだけ地域で有機物が循環するような栽培管理が必須である(池田、2019)。

こうした意見に共通する技術の方向性は、作物の栽培に人間が直接働きかける(たとえば肥料を与えたり、農薬を散布する)のではなく、農地生態系の機能を向上させる(雑草や微生物にうまく働いてもらう)ことを通して、人間が作物に間接的に働きかけるという点である。
有機農業の技術の方向性がこのような性格を持つことから、イノベーションの方向性も当然同じ性格を持つべきである。繰り返すが、それは、人間が作物に直接働きかける方向の技術ではなく、生態系の機能を向上させて間接的に作物に働きかける方向の技術である。
こうした技術は、現在農林水産省が改訂中の「生物多様性保全戦略」とも密接に関連している。しかし、生物多様性の保全、生態系機能の向上、農作物の安定生産という3つの要件をどのように高い水準で同時達成するのかという問題は未解明な部分が多く、基礎理論からイノベーションを生み出すためには多くの研究投資が必要である。
さて、以上の視点から見ると、みどりの戦略に示されたイノベーションは人間が作物に直接働きかける技術が中心で、生態系の機能を向上させる技術は非常に手薄だという印象を受ける。
私たちはみどりの戦略で「スマート技術」と総称されている技術全般を否定しているわけではない。しかし、有機農業を農地面積の25%にまで拡大するためのイノベーションの中核は「農地の生態系機能を向上させて、安定した作物生産と生態系の保全を両立させる」ことに資する技術でなければならないと考えているこの方向のイノベーションに、より多くの研究資源が投入されることを切望する
もうひとつ強調したいのは、従来の有機農業の技術の大部分は民間(すなわち、全国の数多くの有機農家)が開発してきたものだということである。2006年に有機農業推進法(以下、「推進法」)が制定されるまで、国が有機農業の技術開発に主体的に関わることはほとんどなかった。推進法が制定されて、農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)などの公設試験研究機関による有機農業研究が本格化したが、それでも有機農業の技術のほとんどが全国の有機農家によって開発されてきた民間技術という事実に変わりはない。
この事実に基づき、有機農業25%の目標を達成するためには、国が主導する「トップダウン型」のイノベーションだけではなく、全国の有機農家同士の技術交流、農家と大学・試験研究機関の共同研究、民間技術の普及などを通した「ボトムアップ型」のイノベーションの促進が不可欠である。実際、システムズ(体系的)アプローチ、参加型研究、トランスディシプリナリー(超学際協働的)アプローチなど多彩な研究手法が開発されている(村本、2019)。それらを参考に、「ボトムアップ型」イノベーション創出の仕組みづくりを要望する

 

(3)担い手の育成と農地の確保について
有機農業25%の生産を誰が担い、農地をどう確保するのだろうか。現在の日本農業の疲弊した状況を見れば、この問いに答えることは容易ではない。政策的支援が十分にないまま有機農業に転換すれば地域農業に新たな負担を生む。それでは取り組む人は限られるだろうから、有機農業25%の達成は不可能になるだろう。
全農地の25%を有機農業に転換するということは、農家個人の「点」としての転換から、地域全体の「面」としての転換を促すことを意味する。そのためには、発想を根本的に変えて、有機農業に転換することで、地域農業の存続・発展に大きな展望が開ける、言い換えると、地域農業の存続・発展にとって有機農業が役に立つ手段(ツール)になるという視点で政策を立てるべきだと考える(谷口、2019)。
担い手についていえば、これまで有機農業を担ってきたのは主として小規模家族農家と新規就農者であったから、この層を中心としつつも、法人経営、主業農家や自給農家など「農の多様な担い手」全般を対象とした政策メニューを考える必要がある。
その際に、小規模家族農家と法人経営を二項対立的に捉える見方は建設的ではなく、両者が地域農業の存続・発展のために補完し合い、協働しあえる存在だと考える必要がある(相川、2013)。
農の多様な担い手を対象とした有機農業政策の成功事例でしばしば見られるのは、市町村やJAが地域の有機質資源を活用した堆肥センターを建設して、製造した堆肥を安価に農家に販売するという取り組みである。良質堆肥を安価で安定的に供給することは有機農家に対する大きな支援になる(西村、2000)が、同時にその堆肥を地域の慣行農家も利用できるようにすることで地域全体の土づくりに貢献することができる。
あるいは、地元産の有機米を市が慣行米より高く買い取り、地域の学校給食に提供する(有機米の買い取り価格と給食費の差額を市が補填する)という千葉県いすみ市の事例も参考になる。
いずれにしても、有機農業を広めること自体を目的にするのではなく、あくまで地域農業全体の振興のために有機農業を活用するという視点に立つことが重要である
農地についていえば、有機農業を広めるための農地を確保するという視点を逆転させて、有機農業的な管理によって地域の農地を保全できるような仕組みを考えてはどうだろうか。たとえば、稲・麦・大豆という土地利用型作物を有機栽培で輪作するという技術体系を確立した栃木県のNPO法人民間稲作研究所の「循環型有機農業」は有機農業を土地利用型農業に導入する指針となるだろう。また、稲と大豆の田畑輪換の間に牧草(ヘアリベッチ)を組み入れることで有機栽培の田畑輪換を可能にした秋田県大潟村の技術も参考になる(佐藤、2017)。
あるいはパーマカルチャーやアグロエコロジーで見られるように、食用作物と飼料作物や草地を組み合わせて粗放的に管理することで、資本や労働力が少ない農家でも大きな農地を管理できるような手法や、農業経営に草食家畜(牛、羊、山羊など)の放牧を組み入れて、休閑地や耕作放棄地を家畜の餌場として利用する手法も新規就農者などを対象に普及すべき技術である。
酪農については、国の集約放牧事業と定置放牧により環境負荷の削減と農家経営の収支と労働負担の大幅な改善に加え、国産子実トウモロコシの活用も始まって飼料自給率向上を実現させた北海道足寄町の取り組みが日本における持続可能な畜産の方向を示す成功事例として参考になる(荒木、2020a)。
このような政策を推進するために、有機農家の範囲を、有機JAS制度などにとらわれず柔軟に運用することを強く提言する。たとえば、自給用に農薬を使わずに作物を栽培している自給農家を「ふだんぎの有機農業」として政策の支援対象とすべきという提案がある(相川、2013)。EUの場合、有機農業推進政策は環境保護政策と中山間地域の直接所得補償をうまく組み合わせており、それが有機農業面積の拡大に寄与している。日本では、有機農業に関連する法律や支援制度が体系化されておらず、有機農家が増えない大きな要因となっている。みどりの戦略を契機として、有機農家の大幅増加に結びつくような制度の見直しを強く求めたい

 

(4)畜産のあり方について
鳥インフルエンザや豚熱などの家畜伝染病の蔓延、輸入飼料に依存した不安定な飼料供給基盤、大量の家畜糞尿による水質汚染、抗生物質の多投による薬剤耐性菌の増加など、現在の畜産が持続可能ではないことは誰の目にも明らかである。
しかし、有機畜産は、有機の耕種農業に比べて農家や企業は極めて少ない。有機畜産はアニマルウェルフェア(動物福祉)と有機飼料の2本立てから成り立っている。アニマルウェルフェアは、すでに畜産技術協会から肉用牛、乳用牛、ブロイラー、採卵鶏、豚について「指針」が出されているが、その指針に沿った政策が策定されていないため、有機畜産農家でしか実践されていない(畜産技術協会、2020)。有機畜産のすそ野を広げるためにも、アニマルウェルフェアに基づく家畜の飼養管理基準の策定と現場での普及を強く提言する
また、有機飼料はほとんどが輸入飼料で国産は皆無に等しい。しかし、網走地域では有機酪農家による有機イアコーンの栽培が行われており(荒木、2020b)、道央地帯で有機子実とうもろこしの栽培が実用化された(日本農業新聞、2020)。また、農水省の施策により北海道では有機草地の認定が進んでいる。しかしながら、有機濃厚飼料生産は農家レベルで取り組みが始まったばかりであることから、国が積極的に支援するように提言する
しかし、畜産のあり方を大きく変えるには、有機畜産の枠を超えて、地域ごとの土地利用と関係で畜産のあり方をダイナミックに再デザインすることも必要である。たとえば、流域を舞台に複数畜種(牛-豚-鶏-魚類など)の放牧を組み合わせて統合的な栄養循環系の構築することなどが考えられる。畜産振興もこのような巨視的・長期的な視点から取り組むことが必要である。

 

(5)農山漁村の地域振興との関係について
(3)で、有機農業25%の政策は地域農業の振興に役立つものでなければならないと述べたが、同じことは農山漁村の地域振興にも当てはまる。ここでは地方自治体の主体性と創意を基本とした政策が必要である。すなわち、有機農業の推進が地域経済の振興に役立つような政策枠組みを用意し、地方自治体が地域ごとの多様な要望に応じて柔軟に加工(カスタマイズ)して活用できるような政策メニューが必要である。有機農業推進政策で言えば、1992年頃に全国的に推進された「有機の郷づくり事業」や2008年度から実施された「有機農業モデルタウン事業」はまさにそのような政策であった。兵庫県では、前者の事業に取り組んだ養父市、豊岡市、丹波市、宍粟市、神戸市などは県を代表する地域になっている。このような事業があれば面的な拡大が期待できる。
これまで、有機農業を地域振興に結びつけてきたのは先進的な地方自治体であった。埼玉県小川町、山形県高畠町や鶴岡市、愛媛県今治市、島根県浜田市、茨城県石岡市などは有機農家の取り組みを行政が政策に取り入れてきた。近年では、有機農業を地域振興に取り入れて成功している事例が増えている。兵庫県豊岡市、新潟県佐渡市、千葉県いすみ市、大分県臼杵市、福島県二本松市、石川県羽咋市など全国で数十に上ると思われる。いずれも独自の地域づくりの政策の中に有機農業を位置づけ、住民の健康増進、新産業の創出、移住者誘致、地域イメージ向上などの成果を上げている(大江、2020)。
有機農業が地域活性化に役立つ理由としては、「有機農業が地域問題の解決に独自の仕方で貢献することを通して地域に広がる」という「有機農業の社会化」と呼ばれる仮説が提起されている(谷口、2019)。
また、コロナ後に加速すると思われる新たな地域づくりの潮流として、持続可能な地域社会構築をめざす運動がある。イギリスのトットネスで始まった「トランジションタウン」の運動は日本でも広がり、2015年で全国に45のトランジションタウンがある(白井・松尾、2019)。「漏れ穴をふさぐ新しい資本主義」と呼ばれる地域循環型経済の構築手法と合わせて注目を集めている(枝廣、2018)。食、エネルギー、住まい、教育、医療など多方面に適用可能だが、食分野においては有機農業との親和性が高い。
コロナ禍によって地方移住への関心が高まっていることも追い風となって、持続可能な地域づくりをめざす地方自治体の動きは加速するものと思われる。有機農業はそうした持続可能な地域づくりの重要な役割を担う可能性が高いと思われるので、国は地方自治体の主体性を尊重し、その取り組みを支援することを要望する(谷口、2021)。
その視点から見ると、みどりの戦略がもっぱら国の産業政策として位置づけられ、地域政策が「農村発イノベーションの推進」として別々に推進される体制になっていることは大きな問題である。農水省が作成した「農村発イノベーションの推進」(令和2年11月24日付)の17ページを見ると、「農村発イノベーションの事例」として兵庫県豊岡市の「コウノトリと共生する地域づくり」が挙げられているが、豊岡市および兵庫県で広がっている「コウノトリ育む農法」(西村・江崎、2019)は有機農業25%の有望な事例でもある。
有機農業が地域振興に貢献する分野は多岐に渡るため、その支援は農林水産省だけでなく、環境省、厚生労働省、総務省、国土交通省、文部科学省などと連携した省庁横断的(ホリスティック)な支援体制を構築するよう強く提言する。さしあたり、農林水産省においては、みどりの戦略が産業政策と地域政策を統合したな政策として遂行されることを提言する

 

(6)消費拡大の方向性について
これまでは、有機農業25%の数値目標を達成するための生産サイドの課題について述べてきたが、最大の課題は消費サイドにあると思われる。すなわち、有機農産物に対する消費(需要)を飛躍的に増やすことができるのかという課題である。
令和2年3月に決定された新たな「有機農業の推進に関する基本方針」では、「有機食品の需要が2030年までに現在の1.5倍になると想定し、その需要に見合った生産を拡大する」という方針が示されている。需要が1.5倍になるという見通しの根拠としては、2009年から2017年までの有機食品の販売額が年率4.51%で増えていたことが挙げられている。
しかし、有機食品の消費動向は非常に不安定で将来予測は当てにならないと考えるべきである。実際、前期の「有機農業の推進に関する基本方針」では有機面積を当時の2倍の1%に拡大するとし、その根拠のひとつが東京オリンピック・パラリンピックに伴う需要増だったが、結局その見通しははずれてしまった。
それではどうしたらいいのか。不安定な消費動向を当てにせず、国が主導して確実に需要を創出する手法がある。それは公共セクターが社会的に重要な新商品を率先して購入することによって、新規市場の創出を誘導する「公共調達」の手法である。身近な例でいえば、再生紙を使ったコピー用紙やトイレットペーパーの普及のために活用された例がある。
この公共調達の手法を活用して、有機農産物を公共セクターが率先して購入することを強く提言したい。具体的には、小中学校、幼稚園や保育園などの教育機関の給食、高校・専門学校・農業大学校・大学の食堂、病院や福祉施設、高齢者施設の給食・食堂、官庁の食堂、刑務所・少年院の給食・食堂などで有機農産物を積極的に購入するのである。
有機農産物の公共調達を実現するための課題はいくつかあるが、重要なのは農産物の買い入れ価格(生産者への支払価格)と給食の食材費の間に発生する価格差をどうするかだろうこれは行政が補填するべきだと考える。実際、すでに有機給食を実施している自治体では価格差を自治体が補填している。
有機農産物の公共調達をもう一歩進めた政策として、有機給食の給食費を無料にするという政策がある。EUでは「フリーオーガニック」政策と呼ばれ、フランスでは新たな法律で公共調達の有機農産物率を義務化している。韓国でも「親環境無償給食」としてソウル市などで導入されている(関根、2020;大江、2020)。経済のグローバル化によって深刻化した経済格差や子どもの貧困などの問題を是正するための政策として、日本でも有機給食の無償化を導入することを提案したい
しかし、公共調達だけで有機農産物の消費拡大を図るのは不十分であり、これまでも有機農業推進政策で取り組まれてきた「多様な流通チャンネルの創出」は引き続き推進すべきである。しかし、欧米とは違って、日本ではスーパーなどでの有機農産物の販売が伸び悩んでいる現状を見れば、政策の重点は市町村か都道府県規模のローカル・フード・システム(地域の食供給システム)の形成に置くべきだと考える。学校給食などへの有機農産物の導入が始まれば、それに応じる有機農家のグループ(あるいはネットワーク)が形成されるだろうから、彼らの販売先として朝市、マルシェ、自然食品店、直売所、インショップ、宅配などを地域内に設置できれば、地元の有機農産物を日常的に購入する機会が生まれる。こうした場はできるだけ有機農家と消費者が対面で交流できるのが望ましい。
埼玉県小川町の有機農業拡大の背景には、民間業者による有機米の一括取り引きに加えて、日本酒や豆腐への地場農産加工(転作大豆の有機化)に有機米や有機大豆が導入されたという「6次産業化」の展開があったために、集落の農家を面的に巻き込むことができた。
このアプローチをもう一歩進めると、北米を中心に広がっている「地域の食政策を立案する市民会議」(food policy council)になる。2017年には北米各地に341個所存在し、地域の食の望ましいあり方を市民有志が議論し、自治体に提言するという役割を果している(立川、2021)。日本でも、京都府京都市や長野県などで同様の取り組みがある(秋津、2021)。食と農の地方自治を担う市民組織として、これから広がっていく可能性がある。

 

(7)国民の農業理解の必要性について
有機農業25%の目標を達成するための課題について述べてきたが、最後に巨大な課題が残されていることを指摘したい。それは、日本国民が農業の重要性と必要性についてどこまで自分事として考えているかということである。この問題はみどりの政策だけでなく、農業政策全体に関わる大問題である。
本提言書の提案を実施するためには、多くの国民が農業の理解者になり、ファン(応援団)になり、有機農産物の購入者になり、公共調達に必要な税負担を受け入れる納税者になり、自ら農業を始める耕作者や農家になり、子どもたちに職業として就農を勧める保護者になってもらう必要がある。
農業の大切さを国民(非農家市民)に訴える本はこれまでも数多く書かれてきたが、その声が十分国民に届いているとは思えない。「農業は農家だけの問題で自分たちとは関係ない」「農家は作る人、自分たちは食べる人」という、農家と非農家市民を隔てる目に見えない壁が存在することを認めざるを得ない。
有機農業研究の分野で、この問題に本格的に取り組んできた研究者として、宇根豊と中島紀一の主張を紹介したい。宇根は近代化によって「農の本質」が見失われてしまったと指摘し、数多くの著書で「農の本質」を取り戻すべきだと訴えている(宇根、2005,2007、2019)。中島はすべての人間が農を自分の問題と考えるように多くの運動の実践や著作で訴えている(中島、2006、2021)
EUや韓国など、海外には参考になる取り組みがある。例えば、EUでは共通農業政策(CAP)の改革を行い、農業政策全体のグリーン化をはかって環境負荷を低減するとともに、農業経営の大規模化を抑制して小規模経営への支援を手厚くする方向に転換している。このように、地域に生態系と調和したアグロエコロジーを実践する小規模家族経営を増やすことにより、環境保全と過疎化する地域の活性化を一体的に進めている。日本も海外の先進的な政策や取り組みから積極的に学ぶ必要がある。
みどりの戦略を機に、農家と非農家市民を隔てる見えない壁を取り壊し、国民の農業理解を格段に深化させる取り組みを始めるべきである

 

4 終わりに
本提言書は限られた時間内で作成したが、みどりの戦略に関する基本的な問題点は指摘できたと考えている。みどりの戦略は多くの有機農業関係者にとっては寝耳に水であり、当学会には有機農家や地方自治体から歓迎するという意見と同時に困惑しているという声も寄せられている。農林水産省はこの戦略の影響の大きさに鑑み、拙速な議論を避け、パブリックコメントを実施するとともに、有機農業関係団体、都道府県や市町村等への丁寧な説明と協議を行うことを切に要望する。

 

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ロセットとアルティエリ、『アグロエコロジー入門』、明石書店、2020年(原著は2017年)。
佐藤孝 「ヘアリーベッチ植栽による土壌改良とダイズ作への効果」『最新農業技術 土壌肥料編』Vol.9, 農文協、2017年、29~38ページ。
関根佳恵 「持続可能な社会に資する農業経営体とその多面的価値:2040年に向けたシナリオ・プランニングの試み」、『農業経済研究』第92巻、第3号、2020年:238~252ページ。
白井信雄・松尾祥子「地域におけるライフスタイル変革の可能性:日本国内のトランジションタウンの事例から学ぶ」『地域イノベーション』法政大学地域研究センター、第8号、2016年、101~110ページ。
立川雅司 「参加型で地域の食生活をつくる」、『農業と経済』2021年4月号、17~24ページ。
谷口吉光 「有機農業の『社会化』と『産業化』」、澤登・小松崎編著『有機農業大全』、コモンズ、2019年、178~180ページ。
谷口吉光、「コロナ後、食と農にも地方自治が必要になる」、『自治と分権』83号、2021年4月、2~12ページ(印刷中)。
宇根豊 『国民のための百姓学』、家の光協会、2005年。
宇根豊 『天地有情の農学』、コモンズ、2007年。
宇根豊 「農の本質を抱きしめていく有機農業:足下に広がる農学のフロンティア」、澤登・小松崎編著『有機農業大全』、コモンズ、2019年、99~113ページ。

以上